お金持ちになる方法研究会(金方研)

お金持ちになると決めて早5年。実際にお金持ちになる道を突き進みながら日々思ったこと・勉強になったことを綴る密着ライブブログ!

カテゴリ: サークルについて

俺が所属しているサークルが発刊している雑誌の中で俺は連載をやっている。


今回は今月号の連載を転載してみた。


ではどうぞ↓





「限界のその先を」




私は昔「ごぼう」のようにやせ細っていた。

一般的に「成長期」と言われる中学時代も体つきはよくならず、高校入学時でも私の体は175cmの身長ながら、体重は52kgという激痩せの身体だった。


それから三年後。卒業の時、私は177cm、72kgになっていた。


3年間で20kgの増量。

これは全て筋力トレーニングによるものだった。どれくらい筋力が上がったかを示す指標として、ベンチプレスという筋力トレーニングの数字の変化が挙げられる。

ベンチプレスとはベンチに寝そべって重りを上げる、みんながよく見る代表的な筋力トレーニングだ。

筋力トレーニングを始めた最初の頃、私が持ち上げることができた重量はたったの45kgだった。


「まあ、こんなもんだよな・・・」


最初から期待はしていなかったものの、相も変わらず非力な自分に嫌気が差した。それでも私は筋力トレーニングを続けた。いつの日か隆々とした肉体になることを夢見て。

それから三年後の高校卒業時。


私のベンチプレスのMAXは103kg、と学年でもトップを争うパワーを持つようになっていた。



■「戦う」より「逃げる」




「ちょっと、忙しいんで・・・」

「自分にはできそうにないんで・・・」

「自分、○○苦手なんで・・・」

仕事を頼まれるとこのようにして断る人々がいる。

このような言葉を聞いていると、この人はいつまで逃げるのだろうか?とたまに疑問に思ってしまう。

もちろん、本当に物理的に時間もなく、「自分がこれ以上仕事を抱え込むと、パンクして周りに甚大な被害を与える」と予想した上で、積極的にかつ堂々と「頼みごとを受諾できない」と述べるのならば、それはいい。

だが果たしてそういう言葉を吐いている学生の何割が本当にそれほどキツイ状態であるのだろうか。

私にはそれが疑問に思えてならない。

私自身も結構適当なことを言って逃げた経験が昔はあった。

今でもあるかもしれない。

その昔の私を自己分析してみても、やはり上記のような言葉を吐くときは大してキツい状態ではなかったし、そもそも自分自身の仕事の出来如何が周りに影響するなどという客観的な視点を持ったことすらなかった。

そういう言葉を吐いているときは大抵「逃げ」であることが多かった。

時間も体力もあるのに、一歩踏み出す勇気が無かったのだ。


スピーチは苦手だから嫌。スケジュールきつきつにしたらキツイから嫌。こんな仕事は無理。

どれもこれも「逃げ」でしかない。このままでは成長するわけがない。

「別にそんなガツガツ成長しなくてもいいじゃん。平凡であればいいと思うよ」

・・・・・果たしてそうか?

■「今のうちに向き合っておきな」

今年の夏にFUNの一代前のOB・OG、すなわち今年の四月から新入社員として働いている先輩が帰省してきて、FUNのゼミ(土曜の9:00〜12:00にやっている)を見学しに来たことがあった。

私は浪人しているので一学年違いではあるけれども彼・彼女らとは実質同い年だ。

「懐かしいものだ」と感慨にふけりながらも、彼らを見ていたら何かが違うことに気づいた。

最初のうちはわからなかったが、ゼミが終わり、午後ゆっくりとお互いに近況を話していると、その違いがわかった。

それは「重厚さ」とでもいえる雰囲気である。学生時代にはいい意味でみんなエネルギッシュだった。しかし、重厚さというか、そのどっしりと構えた心の落ち着きが加わっていた。冷静でありながら情熱的であり、情熱的でありながら冷静だった。

話し方から仕草にいたるまで学生時代にあったある種の「ノリ」というものが薄れていた。

学生時代からよく学び、小さなことにも感謝と感動を忘れず、それを糧に毎日輝く学生生活を送っていた彼らは社会で様々に鍛えられ、いい顔つきになっていた。


そんな雰囲気をその場に居合わせた後輩たちはひしひしと感じ、昔とは違う「静かなる熱意」というものを、先輩たちから確かに受け取っていた。


そんな雰囲気の中、ある先輩が言った言葉が印象に残っている。



「みんなは今、自分の弱点とかあるかな?素直にそれと向き合ってられてるかな?」



唐突な質問であった。

彼女はベンチャー企業に就職していたが、話には厳しいアドバイスを先輩からもらいつつも、日夜仕事に励んでいるとのこと。

大学内で最後に会った時よりか幾分か痩せていた。恐らくハードなスケジュールとハードな仕事内容でそうなったのだろう。彼女は言う。

「今、私はベンチャー企業で働いていますが、毎日指導されっぱなしです(笑)

ここでは自分が今まで苦手としていて、逃げてきたことを全て指摘されます。

ええ、それは一つ残らず(笑)

仕事が遅いだの、

計画性が無いだの、

私が逃げてきたこと、

つまり『自分にはこういうダメなとこあるけど・・・・まあいいかな』と直そうともしなかった欠点の全てをつつかれ、改善するまで見逃してもらえません。

それは本当にキツイです。


こんなことなら学生時代から少しづつでも直しておけばよかった・・・。そう後悔する毎日です。


今、みなさんは自分のダメなところとか弱いところとかが何かしら見えていると思います。


そこで逃げないでほしい。


素直に向き合って学生時代に少しでも改善しようとしてほしい。私のように、社会人になってから怒涛のように押し寄せたら本当にキツイですよ」

この言葉はその場にいた大学生の心に、矢のように深く突き刺さった。責任を持った行動と確かな実力、人間性が求められる実社会で日夜精力を尽くして働いている彼女の言葉はそこにいたどの大学生の言葉よりも重かった。

■常に成長を望むなら、常に限界を超えた努力を

実社会で、烏合の衆に呑まれず、確固たる信念と実力のもとに裏打ちされた仕事を完遂する社会人になるためには常に成長を望むことが要求される。逆に、成長する気力がないならば、一生人によって使われるだけの人間になってしまうだろう。

現状維持はすなわち、衰退である。成長せよ、学生。

ここで冒頭に挙げた筋力トレーニングの話に戻る。私はなぜ103kgまで重量を上げることができたのか。この経験を考察することで、成長に必要なことというものが露になってくる。

そもそも筋肉量というのはなぜ多くなっていくのか。それには「超回復」という現象が深く関わっている。
超回復とは、筋力トレーニング後に24〜48時間くらいの休息をとることによって起こる現象で、休息の間に筋肉量がトレーニング前よりも増加する現象のことだ。

超回復を起こすにはどうするか。それは筋肉の破壊と修復を繰り返すことで達成される。つまり、筋力トレーニングを行うことによって筋肉が破壊され、それから「24〜48時間」かけて徐々に修復される。

この「破壊」が特に大事なのである。たとえば、自分の持ち上げられる最大重量が50kgだった時に、40kgの重りを少し上げただけでは筋肉量は絶対に増えない。そのような人間が筋量を増やすためには50kg以上の重量で何回かやるか、それともそれ以下の重量で腕が上がらなくなるまでやる。そうしなければ、筋量は現状を維持するだけで、成長はしない。

その点、私は筋トレをする度にMAXより重いものを上げようとすることを怠らなかった。昨日は60kg上がったから、62kg、その次は63kg・・・と小さな小さな「限界を超えようとする努力」を怠ったことはなかった。

成長は、常に自分の限界と向き合い、それを超えようとする努力をして始めて達成できるものである。

実生活も同じ。

「いやだ」「できない」「無理だ」「苦手なんで」と言って逃げ、「今の自分」でできる範囲でしか仕事をせずに満足しているような人間が成長などできるものか。

自分の欠点や弱点を苦しみながらも素直に認め、その欠点や弱点を「限界」と認識して、その限界を押し広げる努力をしない人間が社会に出て役立つものか。

「これ以上やったら、スケジュール的に無理かな」と思った時、それがすなわち自分の限界値を算出した時である。「無理かな」と思った瞬間こそ「トレーニングの始まり」なのだ。

第一、学生時代の能力程度で社会に通用するなら、誰も苦労はしない。

実際の社会はそうではなく、現時点での能力のまま、または「苦手なこと、大きな障害に出会った時にはすぐ逃げる性格」のまま、社会に出て、毎日泣いているものが多い。
あなたは、毎日泣きたいか?

「パンクするのが怖い。周りの人に迷惑がかかるから」そういう意見もあるだろう。周りを気遣うことはいいことだ。しかし、学生時代にかける迷惑などたかが知れている。大学時代に頑張って失敗して、周りに迷惑をかけたことで罰されることがあるだろうか。友達から絶交されることはあるだろうか。莫大な賠償金を求められることなどあるだろうか。

大学時代の失敗というものに大きな責任を負うことは少ない。

それが俗に言う「モラトリアム(猶予期間)」というものではないだろうか。

「多少の失敗は許してやるから、自分自身の限界を押し広げて、将来社会に大きな貢献をするような人間に育ってくれ」

という愛情に支えられて創立され、運営されてきたのが大学である。

ここで失敗を怖がったり、怠惰な気持ちで自分自身の限界から目を背けていては大学生とはいえないだろう。

今自分がやろうとしていることは人それぞれあるだろうが、なんでもいい。それを行う中で見えてきた自分自身の限界をもっと押し広げよう。

そして、何よりも「自分自身の欠点や弱点に出会った時に、そこから逃げ出さないような性格」になろう。このような性格になれば、就活だろうが、学生生活だろうが、アルバイトだろうが、全部うまくいく。

今「失敗が許される」期間にいること、周りの人は愛情を持ってそれを見守ってくれていることを理解して、大いに努力しよう。

学年など関係ない。全ての大学生に告ぐ。

現状維持ではなく、成長を望め。常に先を見よ。君の限界の、その先を。




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今回は自分が所属しているサークルでおれが連載で書いた文章を載せておこう。

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■就活戦線も“冷え込む”!?
もう12月。今年は例年より騒がしい年末になりそうだ。というか、なっている。就活を迎える全国の学生が既に悲鳴を上げているからだ。

2008年はサブプライム問題に端を発した未曾有の経済危機が日本を襲った。様々な企業が業績不振に陥り、中には倒産してしまう企業も相次ぎ、今もその影響は続いている。それが私たちの就職活動になぜ関係があるのか。それは「新卒採用への意欲減退」という傾向で企業が動いているからである。

苦境に立たされた企業は自己の存続のため、考える。どうにかこの苦境を脱することができないか。そこから考え出される案は「無駄なコストのカット」である。ではその対象とされるコストは何か。

それは「人件費」である。これは企業経営において最もコストがかかるところであり、また回収できるかどうかも見定めにくいところである。よって、多くの企業が人件費削り、特に「来年度の新卒採用枠」を減らす傾向になってきている。

それで今年は三年生が「今年の就活はヤバイ」「就職氷河期の再来だ」と言って騒いでいる。マスコミでもえらい騒ぎようだ。ヤバイ、厳しい、絶望的・・・・・どれも今の境遇を悲観したものばかりだ。

■凡人は「倍率」に弱い
この世間の騒ぎようを見ていると、私の大学受験の頃が不意に脳裏に蘇ってきた。

あれは4年前の1月あたりだったろうか。私は浪人していて予備校で日夜勉強に励んでいた。1月の中旬に第一関門であるセンター試験、2月の下旬に本命の九大の二次試験が待っていた。

センター試験が終わったあとしばらく経つと今年の受験者数が各大学で発表され、それに対する定員の割合、すなわち倍率がどのくらいかも発表されていた気がする。

そこで「倍率騒動」なるものが起きるのである。

「マジやべー!!!今年は去年に比べて倍率かなりあがってるわ〜」
「お!今年は倍率低いから楽そうだ!」

などなど一喜一憂する受験生の姿が見られるのはこの時期だ。この頃になると倍率を考えるあまり志望校を変えたりするものも出てくるほどである。またひたすら絶望的になって呪詛の言葉を友だちに振りまいている人間もいる。

そういう騒動の中で志望校に合格していった人間というのはやはり、そういう数字に左右されることなく、最初からずっと「俺は絶対受かる」という意志と勉強をブレさせなかった人間だけである。

私の目測なので客観的に正しいとかは言えないが、少なくとも私の人生上、外部環境が変化するごとに一喜一憂するような人はなかなか結果が出にくい。

なぜだろうかと考えてみた。そもそも数字に左右されるような人間はどのような努力をしていたかを思い出してみたが、あまり勉強をしているというイメージはない。とにかく口と感情が揺れ動き、身体は外(天神など)に動いてしまっているような人間ばかりだった。

もともと「合格点ギリギリで受かる、またはそれ以下の質の勉強しかしていなかった」のである。だから、合格ラインが上がり下がりするだけで一喜一憂する。なぜなら、その合格ラインの少しの動きだけで自分の運命が左右されるからである。

だが、本当に努力する人間とは合格ラインなど超えた“圧倒的な”努力をする人間だ。

■環境は喋らない。ただ、姿を映す

就職活動において今三年生の多くは悲観的になっているだろう。確かに採用人数が少なくなったのは少し運が悪かったのかもしれない。しかし、だからといって採用されるはずだった人が採用されない、ということではない。やはりどんな時でも採用される人はいるし、むしろそういう人間に就職活動を通して成長することが就職活動の醍醐味とまで私は考える。騒いで不安になって悲観的になっていてもそれは時間の無駄以外の何者でもない。もし感情的になって自分の将来の選択をするという重大な活動を適当にしてしまうのなら、未来もたかが知れている。そんな人間は高校生となんら変わらないということだ。そして、これからも変わることはないだろう。

日本マクドナルドの創業者であり伝説的経営者である藤田田の著書「天下取りの商法」に環境に関する面白い文章が載っているので、それを引用してみよう。これを読むと「本当に伸びる人、結果を出す人というのはどういう人間か」がわかる。

「景気が悪い」という言葉は口にするな

世の中には、ふたこと目には「景気が悪い」という人がいる。商売がうまくいかないと、自分の頭の悪いことは棚にあげて、景気の悪いせいにして、責任をすりかえてしまう。これはまちがっている。

「景気が悪い」ということは、儲からない“原因”ではなく、与えられた“条件”にすぎないのだ。与えられた“環境”だといってもいい。
そういった“条件”のもとで、あるいは“環境”の中で、どうしたら儲かるかを考えていかなければならない。
景気が悪いという“環境”をかえていくのは総理大臣の仕事であって、われわれの仕事ではない。

自分が怠慢で、サボっていて、頭が悪いことを、すべて景気が悪いことになすりつけているようでは、絶対に儲からない。こういう人は、景気がいいときでも儲からない人である。

事実、景気のいいときでも、儲かってない人はごまんといる。逆に、景気が悪いときでも儲かっている人はたくさんいるのだ。そこを考えなければならない。

「景気が悪い」ということは、いってはならない。景気が悪いことと、儲からないことは、まったく関係がないからだ。

この話からもわかる通り、環境というものは人やその行動を変えるわけではない。その人がどんな人間かを顕在化させるだけだ。

今年の就活で言うならば「採用枠が少なくなった」という環境は「受かるはずだったあなたを落とす」ことはなく、「採用枠が少なくなったという状況であなたはどうするか」と質問するだけである。

その答えはあなたの姿や行動となって現れる。

「今年は厳しいから受からなかった」と言い訳した人は「採用枠が少なくなった」という環境によって「突発的なトラブルがあるとすぐに諦める性格」が露になっただけである。

逆に

「環境に関係なく、私はあそこに入社する」と決意するような人はこの環境によって「突発的なトラブルがあってもその中でどう頑張るか考えられる、意思の強い人である」ことが顕在化されるだけである。

こうして考えてみると、このような“厳しい”状況というのは「真に伸びる者と真に堕落する者を明確に分ける」ためにあるのではないだろうか。

そうだとするならば、今年はあなたの強さがより明確に示され、認められる絶好のチャンスと言えないだろうか。

本当に強い人にとってはむしろこの状況が幸運に思えてくるだろう。



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「およそ人の禍は多くは得意時代に萌(きざ)す」(『論語と算盤』)




今日はサークルで同級生がスピーチしていた。

タイトルは「仕事への取り組み方」である。


アルバイトの経験から、仕事に対してどう取り組んでいくべきか、その姿勢を学んだという話に始まり、その姿勢とは何か、という内容であった。


その友達(仮にY)は飲食店でアルバイトをしていて、もうすぐ2年半を超えるそうだ。飲食店でそこまで続けている学生も珍しいものだ。


その長い間に、培った実力によりやはりその店ではバイトの中でもリーダーとしてその責務を託されていたらしい。

そんな彼女が変わってしまったのはつい最近である。


あまりになれすぎてきて、一つ一つの仕事に緻密さが欠けてきたという。



テーブルの掃除は汚れが残っている。


掘りごたつ席の席の下にはゴミが残っている。



それが何回か続いたとき、社員さんが「ちょっと、Yさん、話そうか」と言って呼び出しをしたそうだ。


そして、「最近、仕事ができてないよ。しっかりやろうよ」とお叱りを受けたらしい。


そこで素直なYはハッと気づいたらしく、しっかり反省もしたそうだ。



「仕事というものは毎回自分で主体的意思を持ってやらねばならない」




その通りである。


俺もそうだったが、どんなやりがいのある仕事でもそうだが、同じ状態(厳密には違うのだろうが)でいつもやっていると、どうしても慣れというものが出てくる。



それが怠慢や驕りを生むのである。うまくいっているときこそ、今までやってきたことやなれたものに対して「小さいこと」として甘く見てしまうときがある。

そしてそういう時こそ失敗するものである。


自分もある程度できるようになったときに「このくらいでいっか」という気持ちでやった瞬間、ものの見事に失敗したという経験が何度もある。

その瞬間の思いを今回は思い出させられたスピーチであった。

みんなもうまくいっているときこそ今までやってきたこと、なれたものをしっかり初心を持ってやりぬくことが大事である。



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・・・・。



いつもこのブログで名言・格言を出しているが、その約7割は所属している人生勉強サークルで学んだものだ。このサークルは本当にすばらしい。将来必ず成功者や社長が量産されるだろう。

そのサークルには本当感謝してもし足りないが、そのサークルを統括している方がいる。その方はサークルを卒業して独立起業した方で、就職・転職支援をしている。

感動・納得の内定・転職ならmaiplace。


その方がみなさんにわかりやすように自身の仕事に対する考え方を問答形式という面白い内容で「仕事」について語るブログを作られたので、それを今回はぜ・ひ・と・も、紹介したい!!


●仕事の捉え方がうまくいかないとどうなってしまうのか。

●逆に、仕事の“定義”がわかっているとどんな人生が過ごせるのか。



それが非常に平易な言葉で書かれている。このブログに来る方は意識レベルの高い御仁であると俺は推測している。

なぜなら、凡人は「名言なんて所詮言葉じゃん。実践的じゃねーよ」と言って言葉を軽視するからである。そうでないあなたたちは凡人で収まるような人生ではないだろう。今が別に実績があるなしは関係ない。こうして「自分を高めたい」とおぼろげに思って、こんなサイトを見ているだけでも意識レベルが凡人とは違う。





いつだって人生を変えるのはモノや技術や偶然ではなく、


人や言葉や想いである。






過去の偉人たちを学んできたが、その人たちの中に一人として言葉や想いを大切にしない人はいなかった。私たちも大切にして、より人生を磨き上げていこう。



・・・ということで、あなたたちのような意識レベルの高い御仁なら、このブログが癖になるはずだ。




一度ご賞味あれ!!!




就職・転職問答
就職。就職活動。転職。キャリア。スキル。“職”に関する悩み・疑問を、キャリアコンサルタントの mai が「仕事の本質」という刀で一刀両断します!


先日に書いた65時間連続稼動をサークルにてスピーチしてきました!

スピーチ者が僕になったので、スピーチネタを考えてたら、このネタに(^^)

前回ブログに書いた時は「俺やったぜ!!」とだけ思って一人でうぬぼれてたんですが、落ち着くと色々見えてきたものがあってこれについて話したい、と思ったわけです。

今回の65時間連続稼動を通して実感したことは二つ。

 嵋楜い枠茲譴覆ぁ廚箸いΩ斥佞亘榲だった。俺にもできる!

僕のサークルの顧問であり、僕の恩師でもあるKさんがいつも言われる言葉「本気は疲れない」

疲れたり、いやになったりするのは覚悟が中途半端だからだ。

本気になったら、自分の不足を見つけることすらたのしくなってくる。


という言葉を、サークルに在籍していた3年間ずっと聞いてきたのに全然実践できてなかったんです。

それが今回できたことで自信が付きました。



⊆分の普段の手抜き具合がわかった


自分が発揮しうる最大のパワーに、実際驚きました。しかし、それ以上に「最初からMAX出せよ」という気持ちへ変化し、今では「俺ならもっとやれるはず」と限界に恐れず挑戦できるようになりました。



自信をつけたい方、もっと今の作業に集中したい方。



ちょっと、この夏無理してみませんか?

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