俺といえば、「攻撃的な人間」。

「怖い」。

そう思っている人間も少なからずいるだろう。



・・・・・。




の割りに、俺は人から「気が利く」「一緒にいると元気が出る」「一緒にいると燃えてくる」などと言われる。

最近は特に激しい。


そんなに凄いのだろうか・・・?いまいち、実感できないのだが。



情熱的なことやギャグセンスが少々あるのは知っていたが、そこまで相手を癒すことができるということに関しては皆目検討がつかなかったので自己分析してみたら、一つの結論にたどりついた。



それはおそらく、俺の中にある「人間の本質マニュアル」の中からその場に適するものを選んでいて、他人に不快感を与えないように配慮することが習慣になっているからだろう(もちろん、まだまだ未熟だが)


ということだった。

要するに、あるシーンにおいて、「このシーンではこういうと相手は喜ぶ」「この場面ではこういうことを言うと相手は怒る」みたいなものがすぐ頭に思い浮かべてその通りに動くのである。



その「人間の本質マニュアル」の作り方はいたって簡単。

自分がして相手が嫌な気持ちになった時に詳しくその経験を反省すること、

自分がされて嫌だったときに詳しくその経験を分析すること、



この二つの分析をして作り上げたマニュアルを頭の中で何度も反芻して、記憶する。


この繰り返しを365日24時間する。ただそれだけである。




よく人から「ボーッとすることはないの?」と言われるが、



睡眠時以外はない。


そう答えておこう。


電車内だろうが、自宅内であろうが、そこに人が存在する限り、常にマニュアルを量産し続けている。というか、何も考えない時間がある人間がいるということの方が俺は驚くぞ。



その膨大な量で出来上がっているのが俺の「人間の本質マニュアル」だ。


一般的な「ギャグをかます人間」というのはそれ相応に相手を傷つける言動を言うものである。実際、俺も何度も失敗した。


だが、俺はいつまでも人を傷つける人間じゃない。必ず反省する。そして、人間の本質マニュアルを作り上げた。

相手のキャラを分析して、そのキャラに合わせて

「どんなことを言われたら嫌か、

どんなことを言われたら嬉しいか、

どんなことをされたら嬉しいか、

どんなことをされたら嫌か」



を考える。そして、その上でギャグをかましたりしている。もちろん、まだまだ失敗はあるが。


俺の人を癒す力、人を燃えさせる力はおそらくそういう配慮から来ているのだろう。


だから、小さな言葉遣いには非常にうるさい。

親しくしている人間は「そこまで気にするかあ?」と俺のことをうるさく思っているだろう(笑)



あと、礼儀に非常にうるさい。(自分も全然できてないが)


上下関係の厳しいところでしごかれてきたからだろう。空手、居酒屋、部活・・・・。



まあ礼儀についてはいずれ語るとして。


そのような配慮がどうして身についたのかということだが、これは意識的につけようと思ったのではなく、生存本能として身についたものである。








昔、人間関係において「人が感情的になると、これほど醜いのか」と絶望した時期があった。


事情があって、そのことは誰にも話せなかった。


つまり、人に対する最高温度の憤怒、憎しみを抱いたのに、やり場がなかったのだ。


その当時の俺にとって、それはかなりの苦痛をもたらした。


他人に当たったこともあるし、家族に当たったこともある。



本当にどうしようもなくなったそのとき、俺はその憤怒、憎しみを消滅させるために、ある行動をとった。


まるで「俺」というマシンの電源を「ON」から「OFF」にパチッと切り替えるように。



それは


「俺は全く感情の動かない人間になる」と誓うことだった。



人に対して思いを抱くから感情的になるのだ。そして、感情的になっていいことは一つもありはしない。というよりか、絶望の世界だ。


ならば、最初から人に対して感情を抱かなければいい。




冷静に。



ひたすら冷静に。



氷くらいの温度でちょうどいい。そうでなければこの社会は生きていけない。



感情的になるな。












悲しい決意だったが、その当時の俺はこう考えるしか自分を抑える手段がなかった。




この「感情的になるな」という教訓が俺の行動理念になった後は次の作業に取り掛かった。



それは

相手も感情的にさせないことだった。


分析を進めていくと、片方が感情的になったらもう片方も高確率で感情的になることがわかった。


俺は相手が仕掛けてこない限り、絶対に喧嘩を売ったり、感情的になったりしない。

そんな自分が大嫌いだからだ。


だから俺から伝染させることはない。



あとは相手だ。相手を怒らせなければ俺は一生感情が揺れずに生きていける。




そのためには相手がどうやったら怒らないか。それを探し続けてやる―。













書いていて非常に懐かしくなったが、確実に昔のあの経験が今の俺の「人間の本質マニュアル」を作る本能を作り上げたことを確信した。


まあそれだけが直接の原因じゃないけどね。




俺の思いやりは攻撃的な思いから生まれた思いやりだ。


それが今は結局功を奏しているわけだが、それは今所属しているサークルの教えがベクトルを変えてくれたからだろう。



このサークルでは、愛と貢献と誠実、自制心と謙虚、そして感謝を学んだ。



本当に感謝している。このサークルがなければ、俺はただの分析やろうだった。

エピソードがある。


入部当時、先輩とご飯を食べていた時だった。こんなやり取りをした。


先輩「君はどんな風に生きたいの?夢とかある?」


すごい優しい気持ちで聞いてきた。入部当時から俺は少し目立っていたので、その先輩は目にかけてくれたのだろう。「この子はすごくなる」と。

しかし、そんな先輩の期待に反して俺はこう言った。


「夢はまだ決まってないですが、一生誰にも頼らないでいい人間になりたいですね。誰かに助けてもらうなんて御免です。俺は一人で生きたいです」


本当に腐った一年生だことwwwwwwwwwww



その言葉を聞いて、先輩は非常に落胆していた。ポツリと、


先輩「人は・・・一人じゃ生きていけないよ・・・」


そんな心底悲しい顔で忠告してくれたのにもかかわらず、


「そういう考え自体が嫌いですね。人と頼りあって生きていくなんて無理です。人間は一人で生きるもんですよ」


と暴言の限りを尽くしていた俺。


おい、昔の俺。お前、バケツ持って廊下に立ってろwwwwwwwwwww




まあ、このサークルに入っていなければ、本当に氷のような人間になっていただろう。やると決めたら、その通りになる。それが俺クオリティ。


今は充実と輝きに満ち溢れた人生で、周りの人にもその幸せを少しづつ与えられているようだ。


さーて、ここまで来て貴方はどう考える?



俺は果たして攻撃的な人間なのか?


はたまた優しい人間なのか?





俺にもわからん(爆)




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