「星をつかもうと手を伸ばしても、なかなかつかめないかもしれない。でも、星をつかもうとして、泥をつかまされることはありません」

(Leo Burnett)

要するに、高い次元の目標を持てば、それにあわせて結果もいいものがついてくる、というわけだ。


先日の記事「圧倒的な努力」と同じようなことであるが、要はいちいち自分の夢の邪魔を自分でしないことである。

昔は自分もそうだったが、「自分にこんなことは無理」と最初から諦めて「このくらいでいいや」という甘い目標を立てたときに限って、へぼい結果が出たものである。


逆に自分に無理な課題を自分で設定したときにこそ、自分の最大出力が上がるものである。


筋トレの原理を考えてみても一目瞭然である。

筋力トレーニングでは自分が簡単に達成できるセットメニューをこなしていたところで、決して最大筋力は上がらない。

自分が達成できるか達成できないかの瀬戸際までやらないと確実に最大筋力
は上がらない。


人の行動は目標以上の行動をとることはできない。



目標とは自分で自分の枠をつくることである。


目標が小さいとはそれだけ行動範囲が狭いということである。




たとえば、今、ここに高校で野球をしているAくんとBくんがいるとしよう。

彼らは今は同じ実力であるが、抱いている目標が違う。


Aくんは「必ず甲子園で優勝するぞ!」と意気込み、


Bくんは「まあ、県大会まで出られれば十分だ」と決めていたとしたら。


三年後、どっちがうえの実力を持っているか、タコが見てもイカが見ても明らかである。


目標が違えば、行動をした時に感じることも違ってくる。

素振りを300回しても


Aくんは「このくらいではまだまだ足りない」と思うだろうし、


Bくんは「このくらいでいいだろう」と思う。


要するに、意識が違えば、練習内容も違ってくるのである。



高校野球の話でわかりやすくしたつもりだったが、いかがだったろうか。



年々意欲というものは減退してくるのか、大学四年というペーペーのくせに「ある程度の人生を送れたらそれで十分」という、なんとも覇気の無い目標を持っている人間が増えてくる。


人生をなめるのも甚だしすぎるわ、ばか者が!!!たかが20代前半のくせに!人生を知ったふりすんじゃねえ!!!




そして、こういう人間に限って、普通の人生ではなく、周りの人やつまらない情報に振り回される主体性の無い人生を送ることになる。


人生という大きなものに対して「最高の人生を送りたい!」という覇気がない人間はことごとく潰れていく。


これはさっきの高校野球の例とは違って、意識のレベルが細分化されていない。



「最高の人生を目指すか、目指さないか」の二択であると思う。


人生という大きなものに対して少しでも気の緩みがあってはならない。


常に最高を目指そうとしなければ、普通の人生も過ごせやしない。



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