「およそ人の禍は多くは得意時代に萌(きざ)す」(『論語と算盤』)




今日はサークルで同級生がスピーチしていた。

タイトルは「仕事への取り組み方」である。


アルバイトの経験から、仕事に対してどう取り組んでいくべきか、その姿勢を学んだという話に始まり、その姿勢とは何か、という内容であった。


その友達(仮にY)は飲食店でアルバイトをしていて、もうすぐ2年半を超えるそうだ。飲食店でそこまで続けている学生も珍しいものだ。


その長い間に、培った実力によりやはりその店ではバイトの中でもリーダーとしてその責務を託されていたらしい。

そんな彼女が変わってしまったのはつい最近である。


あまりになれすぎてきて、一つ一つの仕事に緻密さが欠けてきたという。



テーブルの掃除は汚れが残っている。


掘りごたつ席の席の下にはゴミが残っている。



それが何回か続いたとき、社員さんが「ちょっと、Yさん、話そうか」と言って呼び出しをしたそうだ。


そして、「最近、仕事ができてないよ。しっかりやろうよ」とお叱りを受けたらしい。


そこで素直なYはハッと気づいたらしく、しっかり反省もしたそうだ。



「仕事というものは毎回自分で主体的意思を持ってやらねばならない」




その通りである。


俺もそうだったが、どんなやりがいのある仕事でもそうだが、同じ状態(厳密には違うのだろうが)でいつもやっていると、どうしても慣れというものが出てくる。



それが怠慢や驕りを生むのである。うまくいっているときこそ、今までやってきたことやなれたものに対して「小さいこと」として甘く見てしまうときがある。

そしてそういう時こそ失敗するものである。


自分もある程度できるようになったときに「このくらいでいっか」という気持ちでやった瞬間、ものの見事に失敗したという経験が何度もある。

その瞬間の思いを今回は思い出させられたスピーチであった。

みんなもうまくいっているときこそ今までやってきたこと、なれたものをしっかり初心を持ってやりぬくことが大事である。



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